いちばんべったこ

tabi noti dokusyo tokidoki guti

最高の任務

乗代雄介さん作。

「生き方の問題」と「最高の任務」の二編を収録。

単純な頭のぼくには文学的なことはよく分からないが、次のようなスケッチされたような文章にはとても惹かれる。

 

 

低層住宅地を遠くに、初夏の旺盛な稲を整然と並べた水田が何面も何面も広がり、少し前に手入れされたらしい畦までもが緑に膨らんでいる。その一帯に襷をかけるように走る細い道路は、この先で線路と交わらんと、徐々にこちらへ幅寄せしてくる。ガードレールの白が鮮やかに視界へ長い線を引きながら太くなり、大きく払うような残像を浮かべてふいに途切れたと同時に掠めた黄色と黒の島模様、わずかに耳鳴りした高い音が急降下して僕に踏切を教え、はっとする。間もなく青空が一気に引き下がる、大きな川を渡る、その先に貴方が待っている!

 

 

 

僕が声を上げようと考える「今」は今ではない。この声を「今」こそ貴方の頭に響かせるために今は黙るというのが僕のごまかしの作法なんだ。この鉤括弧をどちらに付ければいいかわからないほど、僕の倒錯は進行している。

 

 

 

この人の物語が好きなもう一つの理由は、北関東の実在の土地で物語が展開されることだ。

この本では、茨城県の閑居山、栃木県の渡良瀬川群馬県の岩宿やはね瀧道了尊などが出てきます。

相澤忠洋さんのことも、もっと知りたくなりました。

 

わたらせ渓谷鉄道を描く次のような一節も魅力です。

 

 

 

乗り換えまでには15分ほど時間があった。

隣の待合室に寄付された座布団は、一つの席に二つ、誰か尻に敷き背にもたれた形でそのまま残されていた。途中で向かいのホームにやってきた部活帰りの高校生は大きなエナメルバッグを地べたに放り投げてベンチに座り、スマートフォンのゲームに夢中になった。「あれ見て」とそれを肴にした会話が始まりかけるすんでのところで、赤銅色の一両編成の車両が橋をくぐってゆっくりと入ってくる。乗客はまばら。私たちだけがそれに乗り込み、ボックスシートに四人収まって揺られていく。拭いても拭いても少し曇った窓脇のカーテンの裾には茶色い染みがついている。それを爪の外側でやわに引っかいて清潔なのを確かめながら訊いた。

 

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