昨日中央図書館に行ったら、この本もオススメのコーナーに立てかけてあった。
ちょうど別の図書館で借りて、読みかけていたところだったので、ちょっと期待が高まった。
読み進むにつれて、物語の良さに呑み込まれていった。
今井恭子作。
この人の文章のうまさにもため息が出た。
メモしたくなったのは、以下の部分。
梅雨の走りの雨が、校庭を黒く染めていた。五時間目を知らせるチャイムは鳴ったが、湿気を含んだ空気は昼休みのざわめきをまだ教室のなかに閉じこめていた。
「でも、ああやって毎日毎日、何十年も一生懸命作ってるのに、その布でできた着物を自分が着ることなんてないんでしょうね。だれが買うのかしら、こういうの。なんか、矛盾を感じちゃうな」
「世の中、そういうもんさ。高級時計だって、ジュエリーだって、なんだってそうだよ。作ってる職人は、自分の作った物に一生手がとどかない。そんなもんさ」
そのうちどこかからお金持ちがやってきて、ポンと大金を支払いこの豪華な着物を買ってゆくのだろう。両親が小声で交わした言葉を耳にして、ぼくはそう思った。
でも、じゃあ、そういうお金持ちになりたい、とは思わなかった気がする。それよりも、こんなに美しい物を作り出すおばあさんのような人たちに、その腕に感嘆した。あこがれた。ぼくなら作る側に立ちたい。ばく然とそう感じたように思う。
美咲が死んだ直後、ぼくは夕方になっても電気をつけず、そのうち真っ暗になっても、暗がりの中にひとりすわりこんでいることがよくあった。そんなとき、闇は光よりもやわらかで優しかった気がする。
ふっと涙がこみあげそうになった。
ぼくはあわてて立ち上がり、三田口が空にした丼を流しに下げて洗うふりをした。
どこまでも親をかばうんだな、と思った。かまってくれない親なのに?
すごい人だな。